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コラム・弁護士

 
   

枝川裁判

師岡 康子

2007年3月

 テレビ・新聞で去る3月8日一斉に報じられましたが、同日、枝川朝鮮学校の裁判が和解で解決しました。当事務所の張学錬弁護士と私は学校側弁護団の一員でしたので、この裁判について書いてみます。

 この裁判は、東京都が、江東区枝川にある東京朝鮮第二初級学校(以下、枝川朝鮮学校といいます)を運営する学校法人東京朝鮮学園に対し、都有地である校庭部分約4000uの明渡しと校舎の一部取り壊し、さらに1990年4月以降の地代相当損害金として約4億円の支払をもとめて2003年12月に提訴したもので、足掛け5年、実質3年4ヶ月に及んだ裁判でした。

 東京都は、1990年3月末日に、1972年に締結した東京都と学園との間の本件土地の無償貸付契約の期間が終了しており、学校に占有権原がないと主張しました。

 私たち学校側は、1970年当時には年297万円もの地代を支払う通常の賃貸借契約だったのを、東京都が1972年に無償貸付契約に変更したのは、枝川は戦前東京都が朝鮮人をゴミ捨て場しかない埋立地に強制移住させてできた街であり、戦後も都が管理を一切放棄してきたこと、そこで在日朝鮮人が民族の言葉を取り戻すために自力で作った学校が戦後直後からずっと営まれてきたこと、政府から一切の助成がなく、学校の存続が危ぶまれることなどを考慮し、歴史への反省の上にたち朝鮮学校の意義を認めた上での存続を目的とした契約であり、都の当時の公文書にも、契約期間は一応20年とするが、学校が存続している場合には善処する、と書かれていることなどを理由とし、契約は継続しており、占有権原があると主張しました。
 また、校地以外の枝川の住宅地(都有地)については1995年から2000年にかけて歴史的事情を考慮して地価の7%での売却がなされていたこと、2000年から提訴される直前まで、東京都と学校との間には、格安の値段での売却に向けて友好的な交渉が続いており、売買契約などの新契約締結までの土地使用については使用料は請求しないと都側が交渉においてのべていたこと等から、都の提訴・主張は権利の濫用若しくは禁反言であると主張しました。

 裁判は18回にも及びましたが、最終的に、去る3月8日、裁判所が、昨年12月の学園の理事長と学校の校長及び弁護団の意見陳述を踏まえたうえで、この地が戦後直後から一貫して朝鮮学校として使われ在日朝鮮人の子どもたちの教育の場であり、将来も朝鮮学校でありつづけるだろうことを理由として、双方に和解案を勧告しました。和解の内容は、学校側が1億7000万円(本件土地の市価の1割弱)を支払い、今後10年間学校以外に使わないことを条件として、土地の所有権を取得するというものです。

 政府が、在日朝鮮人をはじめとする外国人には教育を受ける権利がない、外国籍の子どもが学校教育を受けなくても何の責任も負わないと公言している中で、在日朝鮮人の子どもたちの教育の場、学校であるからこそ、市価の1割弱との特別の価格で売却した和解は意義があると思います。

 金額については、財政事情が厳しい朝鮮学校のために、もっと下げたかったとの思いが残りますが、何より、学校が壊される、取り上げられてしまうとの不安に3年以上もの間苛まされてきた子どもたちに、早く、安心して学ぶ場を確保することを最優先にして、私たちは今回の和解にいたりました。
子どもたちの教育の場、すなわち、子どもたちの現在と将来を、最終的には権力をもってブルドーザーで破壊するとの刃をつきつけられた裁判で、私たちは決して負けることは許されないとの思いで取り組んできましたが、何とかその職責を果たせたかと思います。
 この裁判では、日本の裁判所においてはじめて、外国人の子どもたちの教育権、とりわけそれぞれの民族の言葉で普通教育を受ける権利を正面から問う裁判でもありましたが、その点は、和解という性格上明記されず、これは今後の私たちの課題として残っています。
 今、日本には200万人以上、世界中の国籍をもつ外国籍者が住んでいて、全国には朝鮮学校100校のみならず、ニューカマーのブラジル学校が98校もあり、その他、中華学校、韓国学校、ペルー学校、インド学校、インドネシア学校、フィリピン学校、ドイツ学校、フランス学校、アメラジアン・スクール、インターナショナル・スクールなど、多くの外国人学校・民族学校で外国籍・民族的マイノリティの子どもたち、また、日本国籍の子どもたちも学んでいます。枝川裁判和解の成果を今後、すべての国籍・民族の子どもたちの教育権保障のために生かしていきたいです。

 また、私個人としては、この裁判を担ったのは、戦前東京都が、朝鮮人を、枝川という当時ゴミ焼却場しかない埋め立てたばかりの荒地にたてたバラックに強制的に移住させ、ごはんにハエがたかって真っ黒になり、雨のたびに汚水が腰まであがる、そんな環境を強いたこと、戦後も東京都が一切責任を放棄してきたことをはじめて知り、そのような差別を許してきたことを日本人として心から恥ずかしく、申し訳なく思ったからです。しかし、戦後補償責任についても和解では明記されたわけではなく、学校を含めた地域整備など残された課題です。

 裁判を通じ、朝鮮学校の子どもたち、先生たち、保護者や学校を支える人たちとつながることができたこと、さらに、地元の日本人を中心に、小学生の子どもたち65人が現に学んでいる朝鮮学校がつぶされるのを見過ごすことはできないとの共通の思いで、裁判を支援する連絡会ができ、全国にその支援が広がり、さらに、韓国にも国会議員・宗教者などが名をつらねる裁判支援の会議ができ、支援してくれる多くの人たちとの心温まる関係ができたことは、かけがえのないことでした。

 最後に、弁護団をひっぱってくれて、弁護団の主張の骨格を心血を注いで作ってくれた新美隆弁護士が昨年12月20日、学校の意見陳述の日の前日の晩に病気で亡くなられたことは、あまりにも悲しいことでした。一日も早く子どもたちに教育の場を保障することは新美弁護士の一番の願いでしたので、ともにこの和解解決を喜べなかったことは本当に残念ですが、微力ながら新美弁護士の遺志を引き継いでいくつもりです。

 

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