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みどり共同法律事務所
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〒160-0023
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斉藤ビル4F
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 コラム・弁護士 |
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法科大学院と弁護士大増員
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張 學錬
(チャン ハンニョン) |
2008年1月 |

法科大学院(ロー・スクール)の第1期卒業生が昨年12月に司法研修所を卒業し、法曹としての道を歩み始めた。
法科大学院は、法曹の供給源を多様化するとともにその大幅な増員を目途として全国の主要な大学に設置されたが、ここを卒業した者については、従来とは異なる(要するに簡単な)司法試験を課し、その目的を達成しようとしている。
法科大学院という制度が成功したか失敗したかについては、そもそも国家百年の大計というほどのものでないにせよ、国家社会における基礎的な制度を大がかりに変更するものである以上、長い目で見る必要があり、簡単に結論を出すべきではないと思うが、少なくともそのスタートにおいて大失敗したことだけは間違いがない。
法科大学院が設置される際の説明では、司法試験受験塾のやり方に象徴される受験技術偏重主義を克服し、幅広い法律分野あるいは教養を身につけさせるべく、大学院での勉強をまじめにしていれば8割の人間が合格できる新しい司法試験を導入するというふれこみであった。しかし、先に主要な大学に法科大学院が設置されたと書いたように、その設置数は全国で初年度65校(国立19校、公立2校、私立45校)であり、定員は5400人を数える一方、第1回試験の結果は、出願者がそもそも2125人とかなり事前に絞られていたにもかかわらず、合格者はたったの1009人(合格率47.5%。大学院の総定員からすると18.7%という計算。受験生を出しながら1人の合格者も輩出できなかった学校が4校)ということである。
つまり、大学院総体としては、定員5400人のうち出願者を半分以下に絞り込んで試験に臨んだにもかかわらず(1人でも受験生を出した大学院は58校のみである)、過半数が不合格であったのである。(ちなみに、法科大学院出身者を対象とした新司法試験は、短答式試験と論文式試験を実施し(旧試験のような口述試験はない)、その総合点で評価するものの、短答式試験で必要点に達しない者については合格できないことになっているのであるが、短答式試験で必要点に達していた者は、1684人(79.2%)であり、先の8割という数字は、短答式試験の合格者の目安となっているのかも知れない)
そうすると、年額100万円以上の授業料を2年間負担し(他にも入学金その他の費用がかかるし、法科大学院にはいるために予備校に通っていた者もいる)、元手をかけたものの、大半の者が法曹界に入れないという皮肉な事態になっていることになる。最初の国の説明を鵜呑みにした者は、だまされたという気がしているのではないだろうか? 聞くところによると、余りにも試験の結果が厳しかったので、法科大学院側では当初の設置趣旨をよそに、せっせと新司法試験の受験対策ばかりを教え込んでいるとのことである。そうなると、何のために法科大学院を設置したのか全く分からない倒錯した結果になっているといわざるを得ない。 振り返って考えると、確かに昔は司法試験予備校が花盛りであり(私は、その中で予備校に通わない希有の存在であったが)、そこで受験テクニックばかりを磨いて司法試験に合格する時代が長く続いていたのであって、肝心の法的思考ができない合格者がいたのは事実であるが、だからといってがりがり勉強しなくても法律実務ができるようになるものでは決してないと思う。法律実務をこなすには、修行ともいうべき厳しい鍛錬(それには知識の詰め込みも含まれる)が必要であり、それをすっ飛ばしてあれこれ勉強して人間の幅を広げてみたところで、(それはそれで重要なことであるが)法律実務が満足にできるようになるわけではない。
要するに、法律実務ができるようになるには、やはり講義を受ける形の座学だけでは限界があり、1人で一心不乱に長時間勉強をしなければならないのは、物事の性質上仕方のないことなのだ。 そうすると、結局、ものになる人間の人数は、人口比から考えて自ずと限られてくるのであって、いくら社会が大量に需要していたとしても、端から無理なものは無理なのである。 いずれ法科大学院はかなりの数が整理されざるを得ないであろう。そうすると、一体この壮大な無駄と受験生の被った被害についての責任は誰がとるのだろうか?
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