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コラム・弁護士

 
   

信認関係・フィデュシャリーについて

本多 広高

2008年2月


弁護士 ・ 張 學錬 1.あるたとえ話
 ある法律論文の冒頭に次のようなたとえ話が引用されていたので、紹介したい[1]

 あるお金持ちに執事がいたところ、その執事がお金持ちの財産を浪費しているとそのお金持ちに知らせる人がいた。そこでお金持ちは執事を呼んで、「私の聞いた話は本当のところどうなのだ。お前の管理している財産の会計報告を出せ。もはやお前は執事ではいられんぞ。」と言った。そこで執事は、「どうしよう。ご主人は執事の職を取り上げるというのだ。そうだそのときには、迎え入れてくれるところをつくっておけばいいや。」
 執事は、主人の債務者をおのおの呼び寄せた。まず、一人目には、「あなたは私の主人にいくら借りてますか?」と尋ねた。すると「油を100単位です。」と答えた。そこで、執事はその債務者に、借用書を取って50単位と書くように言った。
 次に、二人目にも、「あなたは私の主人にいくら借りてますか?」と尋ねた。すると「小麦100単位です。」と答えた。そこで、執事はその債務者に、借用書を取って80単位と書くように言った。 主人は、その不正な執事をほめた。なぜなら、彼は賢く振る舞ったからである。[2]


 もしかすると、主人の債務者は、みな取立不能なほどにお金がなかったのかもしれない。そうであれば、執事が、一部の弁済と引き換えに主人の債務者と和解したのは賢い行為である。しかし、主人の債務者には十分に資力があったのかもしれない。そして、執事の目的は、主人の利益を図ることではなく、自己の利益を図ることであった。
 主人は、執事を信じて財産を託していたのであるから、本来は、このような執事の行為は困ったことである。しかし、主人は自分では財産の管理ができないので執事を雇っていたのであろう。だとすると会計報告を出させたところで執事の不正がわかるのであろうか。わかるとしてもそれはまた手間である。
 同様のことは患者と医師との間でもありうる。患者は病気のことがわからないから医師にかかる。身体や生命を医師に預けるようなものである。しかし、患者は医学的知識はないから、医師がほんとうに患者の利益のために働いてくれているのかは、なかなかわからない。

2.信認関係
 現代では、物事の専門化と分業化が進んでおり、誰かに財産を預けたり、権限を与えたりする関係が広がってきている。たとえば、医師と患者、弁護士と依頼者、信託の受託者と受益者、後見人と被後見人、代理人と本人、取締役と会社の関係がそうである。破産管財人や遺言執行者についても同じことがいえる。
 これらは、いずれも一方が他方を信認し、あるいは他方に依存し、他方は、自らに依存している相手方にその利益を図る義務を負うような関係である。そのような特別の関係には、名前を付けるのがふさわしく、信認関係[3](フィデュシャリー・リレーション)と呼ばれている。義務を負うものは受認者(フィデュシャリー)である。[4]
 自己責任で自由に自らの利益を図ることが許される契約関係も重要かもしれないが、他の人々の正直さに依拠し信頼するという関係[5]である信認関係もまた重要なものだと思う。

3.信認関係のジレンマ
 信認関係においては、信認・依存する者は、相手方に、自己の財産を預けたり、何らかの権限を与えて、自己の利益になることをしてほしいわけである。しかし、与えられた権限は、相手方の利益になることに濫用されるかもしれない。また、濫用されなくとも、賢く使われるとはかぎらない。思い切って腕を振るってくださいと大きな権限を与える程そのような危険も大きくなる。けれども、信認・依存する者は、そもそも問題が自己の能力をこえるからこそ相手方に信認・依存しているのであるから、相手方を監督することも困難である。
 このようなジレンマはいかにして解決したらよいのであろうか。
 英米法においては、信認関係においては、信認する者の利益のみを図る義務(忠実義務)ときちんとやる義務(注意義務)が信認される者に課されて、その義務違反には損害賠償や利益の吐き出しまでが認められている。要するにいつどんなときでも相手方の利益をはかる義務がはっきりと課せられ、その義務違反の立証の軽減の工夫と重い制裁とが用意されているのである。契約関係については、自己責任の原則が行われて、自己の利益の追求が当然とされているのに対して、信認関係においては、一方の当事者が受認者を頼り、依存することが促進されている。
 日本法においても、振り返ってみればこれまでにも信認関係にあたる法律関係ごとにいろいろな道具立てがなかったわけではない。今後、信認関係の重要さが社会的に認められていくことはまちがいなく、それに従って、信認関係法が発展していくものと考える。

4.最後に
 弁護士も受認者であり、そういう仕事ができてよかったと思う。カードウゾ裁判官によれば、受認者の義務とは「市場におけるモラルよりも厳しいものであり、正直さだけでなく、名誉を最も守ったか否かが、行動の判断基準となる」[6]そうであるが。

<文中の注釈について>
[1]
Austin W. Scott, The Fiduciary Principle, 37 Cal. L. Rev. 539 (1949) ,at 539
[2]
上記論文では、聖書のルカによる福音書16章からこの話が引用されている。しかし、私も法律問題として以下を述べる。
[3] 樋口範雄「フィデュシャリー[信認]の時代 信託と契約」有斐閣 (1999) ,at 28。英米法では、fiduciary relationと呼ばれており、契約とは別個の種類の法律関係と考えるのが主流である。
[4]
本文にあげたものは通常信認関係と考えられているものである。このほか、学校の教師など子どもの利益をはかるべき立場にある者も受認者と考えるべきではなかろうか。神父・牧師なども受認者として行動している場合があると見るべきである。また、ネットワークの管理者と利用者の関係も今後検討したい。
[5] 上記[3] at 140。フランケル教授の言葉。
[6] Meinhard v. Salmon, 164 N.E. 545, 546 (N.Y. 1928). 訳は上記[3] at 103。

 

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