婚外子日本国籍確認訴訟での勝訴の意味
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張 學錬
(チャン ハンニョン) |
2008年6月 |

私が弁護団の一員として担当していた日本人父、フィリピン人母の間に出生した婚外子9人の日本国籍確認訴訟は、2008年6月4日最高裁判所大法廷の判決で一応の解決を見た。一応の解決と言ったのは、今後も同じようなケースで国籍取得申請が続出することが予想されるだけでなく、フィリピン在住の同じような境遇の子らが申請に及ぶことが考えられるからである。
話を戻して、最高裁の結論は、上告の認容、すなわち、我々原告側の第1審での勝訴判決(国籍を確認した東京地裁判決)を取り消した2007年2月27日の控訴審判決について、これを破棄し、国側の控訴を棄却したということである。
法律の専門家でないとわかりにくいが、この意味はつまり、2006年3月29日に言い渡されていた第1審の判決について、不服を申し立てた国側の控訴を認めなかったことになり、結果としてもとの第1審判決が維持され、確定したことになるわけである。したがって、提訴した9人の婚外子らが日本国籍を保有することは、この言い渡しの瞬間確定した。
とはいっても、国籍を取得した時期は、それぞれが国籍法3条1項に基づいて届出をしたとき(国籍法3条2項)であるが、そのときに取得しているという事実が、6月4日に確定したのであるから、今後は、それぞれの届出の日にさかのぼって取得していたという前提で戸籍が編成されることになる。
さらに話を戻して、この事案について説明すると、原告となった9人の子らは、日本人を父として、フィリピン人を母として日本で生まれ育った未成年であり、いずれも出生後に父親から認知を受けているが、両親は婚姻していないという点が共通している。
国籍法2条1号の定めによると、出生の時点で父または母が日本国籍であることが確定している子については、出生と同時に自動的に日本国籍が与えられることになっているが、父親のみが日本国籍の場合でこの適用が受けられるのは、出生当時に両親が婚姻しているか、そうでなくても子が父親から胎児認知されている場合に限られる。
実は、認知は出生時までさかのぼることとされている(民法784条)が、国籍法2条の関係では、認知は出生後の認知はあくまで出生後の認知であり、出生時までに認知を受けていないということで、2条1号の適用はないというのが最高裁の判例(2002年11月22日第2小法廷判決)だった。
したがって、出生後認知を受けた(日本人父、外国人母の)婚外子については、国籍法3条1項によってしか日本国籍を取得する余地がなかった(但し、帰化制度を利用した場合は別であるが、これは政府の裁量となる)。
ところが、国籍法3条1項では、父母が婚姻すること、すなわち準正と言われる制度によって嫡出子となることを要求しており、嫡出でない子(婚外子)については、もともとこの制度の適用から除外されていたのであるから、当初法務局で国籍取得届を提出したときに受理されなかったのは当然である。
弁護団は、それを見越して、訴訟で法解釈論を展開しこれに決着を付けるべく、敢えて届出をしたわけである。
この判決は、報道でも大きく取り上げられたように、社会的なインパクトとしても大きなものであったが、ここでは詳しく論じている余裕はないので、興味のある方は判決の解説などに目を通していただきたい。
一応法律論について触れておくと、この事件は、出生後認知を受けた婚外子について、その後両親が婚姻して準正された子と、両親が婚姻しなかった子との間に合理化できない差別があったということで、憲法14条を適用し、日本国籍を認めたということになっている。
しかし、この規定が憲法14条違反だからといって簡単に最高裁の結論に達することができるわけではなく、むしろ通常の憲法理論上は高裁の結論、すなわち、国籍を認めない結論になるのだから、この点だけをとっても最高裁が意欲を持って取り組んだことが分かる。
具体的には、国籍を付与する規定である国籍法3条1項に憲法違反があった場合は、通常では国籍法3条1項が無効な規定になり、原告らが主張する国籍法3条1項に基づいた国籍を取得する余地がなくなるのである。要するに自縄自縛だ。
また、国籍を付与するという利益を与える規定(最高裁の反対意見では、創設的・授権的法律と称している)について、差別があった場合でも、不利益を被った側(本件では原告)がそれを主張できないのが一般理論であるから、この点でも本件判決がかなり踏み込んだものであることが分かる。(たとえば、母子家庭に特別な手当を出す規定を定めた場合に、どうして父子家庭にも出さないのかといって父子家庭の父親が憲法違反を主張しても、通常は認められない。これは、父子家庭が直接的に不利益を被ったわけではないからとされる)
このように、憲法訴訟としても非常に重要な理論的課題に踏み込んだ結論を導いた点で、今回の最高裁の判決は重要な先例的価値を有していると同時に、日本における憲法理論の深化に大きな影響を与えることは疑問がないと思われる。
普通、弁護士が憲法訴訟にかかわることはほとんどなく、まして法律の条項の憲法違反を勝ち取ることはまず期待できないのが現状であるから、弁護士として、このような重要な訴訟の一部にかかわることができて幸運だったと感じている。
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