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コラム・弁護士

 
   

『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』今井むつみ・秋田喜美著、中公新書

穂積剛

2024年6月


弁護士 ・ 穂積 剛

1.『英語独習法』(岩波新書)と「スキーマ」 

今井むつみ先生(慶應義塾大学環境情報学部教授。専攻は認知科学、言語心理学、発達心理学)の書籍を最初に読んだのは、本屋で何げなく手にした『英語独習法』(岩波新書。2020年12月)だった。

本屋で斜め読みをしたときに、あまり英語の勉強の仕方について書かれた本だと思えず、むしろ認知科学とか言語学とか心理学とかそうした方面のことばかり書かれてあるような印象だったが、私は学生のころから記憶すること・暗記することがとても不得手で英語の成績もよくなかったので、何かの足しにでもなればと思って買っておいたのがきっかけだった。

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ところが読み始めてみて驚いた。この書籍の内容はぜんぜん、単なる英語のお勉強の仕方の解説書というものではなかったのである。

 

この書籍は、可視化されない言語システムの膨大な体系として「スキーマ」という概念を想定し、この「スキーマ」という巨大な言語システムを人間がどのようにして認識し習得しうるのか、という観点から英語の合理的な学習方法について検討した本だった。

日本語には日本語のスキーマがあり、英語には英語のスキーマがある。それぞれのスキーマの体系はまったく異なっている。

ところが日本語のスキーマをそのまま英語にあてはめようとすると、そこには大きなズレや溝が生じてしまうので、英語を表現する場合はもちろん、英語の読解に際してもこうしたスキーマの違いが大きな障害になってしまう。英語に習熟するには、英語独自のスキーマを意識して自分で見つけ出し、これを身につけて行くしかない、という指摘がなされてあった。

その上で、こうした英語のスキーマを身につけるためには、どのような方法で何を意識して学習していくのが効果的か、という解説がなされてあった。

 

今井先生によるこの言語の「スキーマ」という概念に、私はとても感心させられた。

この書籍の読了後に、英語のスキーマを身につけるための英語の勉強はちっともやらなかったが、認知科学に基づくこの「スキーマ」という概念は強く印象に残った。これは、英語や他言語などの言葉の学習の問題だけでなく、人間がどのようにして新たな体系的概念に習熟していくのか、という人間の学習や熟達過程全般に関わる認知科学的な課題につながる問題提起だと思った。

 

2.『学びとは何か −〈探求人〉になるために』(岩波新書)と「批判的思考」 

そうしたときに、再び本屋で今度は今井先生の『学びとは何か』(岩波新書。2016年3月)を手にした。『英語独習法』より前に書かれた本だったが、すでに増刷を何度も重ねていた。『英語独習法』では語学の習得が主題となっていたけれども、本書ではより大きな概念としての「学び」全般について議論が展開されている。

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この書籍でも今井先生は「学び」という概念について、「生きた知識の体系」ともいうべき「スキーマ」を使って検討していた。そしてこのスキーマに誤りがあった場合にはこれを修正し、自ら洗練させていくことで学びを発展させていく過程が重要であることを指摘していた。

 

特に興味深かったのは、「科学的思考」「批判的思考」が思考力を向上させ、「知識についての認識」(エピステモロジー)を発達させるという下りであり、ここでの「批判的思考」とは、ある仮説や言説を「証拠に基づいて論理的に積み重ねて構築していく思考のしかた」として指摘していた箇所であった。

認知心理学では、「わかりやすく教えれば、教えた内容が学び手の脳に移植されて定着する」という考えが、「幻想」であることは常識なのだという。

自分の頭の中で、この「批判的思考」を用いて自分自身で論理的に検証することで構築した知識や論理体系だけが、本当の意味で血肉になる「学び」となる。

熟達者になるためには他方で、直感的思考を働かせることも必要になると今井先生は指摘している。この直感的思考によって「仮説」を構築し、それを「批判的思考」によって検証し、修正して洗練させていくことで、熟達者への道が拓けていくことになる。

 

3.『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』と「記号接地問題」 

そして最近出版されたのが、『言語の本質』(中公新書。2023年5月)だ。名古屋大学大学院の秋田喜美准教授との共著となっている。 今井先生の新著だったのでそれだけですぐに購入したのだが、知らないあいだに「2024年新書大賞」に選出されていたらしい。同じ中央公論社の賞ではあるが。 この本の内容には圧倒された。これは大変面白い書籍である。

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これまで言語学では周辺的存在と思われていたオノマトペ(擬音語、擬態語)の成り立ちと役割を鍵としながら、「記号接地問題」というAIと人間の思考の相違に関わる非常に今日的な課題を足がかりに、言語を扱う人間と使えない動物との違いは何か、どのような本質的要素が人間に言語システムの構築を可能としたのか、という壮大な問いに一つの回答を与えようとした衝撃作である。

ここでも非常に興味深いと思ったのが「記号接地問題」で、要するに人間は身体的な接触や経験(接地)を経るのでなければ、本当の意味での知識や理解や概念(記号)を会得することができないのかどうか、という問題提起である。これは逆にいえば、身体的な接地を持たないAIが記号としての言語を操るとき、AIが本当の意味で知性を獲得していると言えるのか、という問題とシンクロしている。

 

この記号接地問題に関して、小中学校の子供たちが分数を理解(接地)することができていないという話が出てきた。

分数の計算を習ったはずの中学生たちが、「1/2+1/3に最も近い整数は、0,1、2、5の中でどれか」という問題について、なんと38%くらいしか正答できなかったというのである。これには驚いた(中には、回答用紙に5/6という計算結果を書いていながら、誤答した生徒もいたという)。

 

4.『おもひでぽろぽろ』での分数の割り算 

スタジオジブリの高畑勲監督作品に、『おもひでぽろぽろ』という1991年制作のアニメ映画がある。その中で主人公のOLの岡島タエ子が、小学校のときの分数の割り算で算数につまずいたと話している場面が出てくる。分数の割り算を計算するのに、どうして分子と分母を引っ繰り返して掛け算すればいい、ということになるのか理解できなかったというのである。

このシーンを覚えているのは、私自身にも分数の割り算についての記憶があったからだ。分数の割り算の計算でどうして分子と分母を反対にして掛け算にするのか、それを考えたのだった。

何十年も前のことなので曖昧な記憶しかないが、覚えているのはこんな考えだった。

 

すなわち、《3分の2が残っているスイカを、一人が6分の1ずつもらえるように分けるとしたら何人分がもらえるか》という問題を考えた。これを計算で表すと《2/3÷1/6》だ。他方でこの課題を頭で考えてみると、『1/3のスイカから1/6サイズのスイカは2つ取れるな。そうしたら2/3のスイカから1/6サイズのスイカは4つ取れるぞ』ということがわかる。

そうすると、この「4」という数字は《2/3×6/1》と同じだということがわかってきた。頭で想像したことと計算結果が合っていることに気付いたのである。

 

さらにこれを進めて考えると、一つのスイカから1/6サイズのスイカが6個とれるのは《1÷1/6=1×6/1=6》となるからで、これが3分の2の大きさのスイカからであれば、1/6サイズのスイカが取れる個数は《2/3÷1/6=2/3×6/1=4》で計算できる、と気付いたのだった。

こうして分数の割り算は、分子と分母を引っ繰り返して掛け算すればいいらしい、ということがわかってきた。

 

5.「記号接地」の瞬間 

このように頭でシミュレーションしてみたことで、実際に分数の割り算では、分子と分母を反対にして掛け算した結果とが一致することを、このとき私は納得することができた。

これが自分にとっての、分数の割り算の「記号接地」の瞬間だったのだろう。分数の計算というものを、このとき身体的な経験として接地することができるようになったのだと思う。

思い返せばこのころから私は、算数や数学が得意になり、それが理系に進もうと思うようになるきっかけになったのではなかっただろうか。

 

「記号接地問題」はこのように、「わかる」という身体的感覚にとって非常に重要な意味がある。

とても面白いので、今井むつみ先生のこの書籍をぜひお勧めしたいと思っている。

 

 

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