みどり共同法律事務所 みどり共同法律事務所 みどり共同法律事務所
みどり共同法律事務所
トップページ
みどり共同法律事務所とは
事務所内の様子
交通アクセス:地図
業務分野
弁護士・事務局紹介
弁護士・鈴木周
弁護士・穂積剛
弁護士・後藤富士子
弁護士・清水淳子
事務局
依頼方法・費用
コラム・弁護士
よくある質問
文字を大きくするには?
  みどり共同法律事務所
 
〒160-0023
東京都新宿区西新宿7-3-1
三光パークビル3F
TEL: 03-5925-2831
FAX: 03-5330-8886
E-Mail: info@midori-lo.com
   

コラム・弁護士

 
   

【ベルの不等式】

穂積剛

2025年6月


弁護士 ・ 穂積 剛

1.奇怪な「量子もつれ」予言 

このコラムではいつも法律に関係のないことばかり書いている気がするが、今回は「ベルの不等式」である。またしても法律のことじゃなくて済みません。

 

「ベルの不等式」とは、量子論において計算上発生する「量子もつれ」という現象が、現実世界でも発生しているのかどうかを判定するための計算式である。

1964年にジョン・ステュアート・ベル(「J・S・ベル」。「最大多数の最大幸福」の「J・S・ミル」ではない)がこれを発表した。

 

「量子もつれ」(Quantum Entanglement)とは、二つの粒子が量子状態において相互作用をすることで、互いにもつれた状態になることを指す。

このように「量子もつれ」の状態に陥った二つの粒子のうち一方の粒子の状態を測定すると、即座に他方の粒子の状態が決定されるという性質を有している。

この粒子の状態の決定は、二つの粒子がどれほど離れていたとしても、量子論上は成立してしまう。

たとえ銀河の果てと果てまで粒子が離れていても、一方の粒子の状態を測定することで、同時に他方の粒子の状態が決定することになる。

 

この現象は、量子論が構築されつつあった20世紀の初頭の時期から予言されていた問題で、現実にそれが観測されていたわけではなかった。

ただどうしても量子力学の計算式上では、そうなってしまうのである。そしてこの点が、量子力学の不完全性を示すものとして批判されていた。

 

2.「実在論」と「コペンハーゲン学派」  

その批判の筆頭格が、相対性理論を生み出した天才・アインシュタインである。

この量子もつれの現象は、あたかも光速を超えて情報が宇宙の果てから果てまで一瞬で届くように見えるため、宇宙には光速より早いものは存在しないとするアインシュタインの特殊相対性理論に反することになる。

アインシュタインはこれを認められなかったので、こうしたことになるのは量子論がまだ不完全な理論である証拠であり、量子の実体はさらに精緻な理論の創出によって解決されるべきだと主張した。これを「実在論」の立場といい、アインシュタインの他にルイ・ドブロイやエルヴィン・シュレーディンガーなどもこの「実在論」の立場をとった。

「実在論」の立場から量子力学の不完全性を指摘した論文として有名なのが、いわゆる『EPR論文』である。これは、アインシュタインのほかにポドルスキー、ローゼンとの共同論文だったことから、頭文字を取って『EPR論文』と呼ばれている。

 

これに対して「コペンハーゲン学派」と言われるニールス・ボーア、マックス・ボルン、ヴェルナー・ハイゼンベルクらは、量子論は量子論として完成しており、理論としての不完全性はないと主張していた。光速を超える「量子もつれ」の問題について指摘したEPR論文に対しては、これは観測の仕方の問題であって特殊相対性理論との矛盾はないと反論していた。

 

3.「隠れた変数の理論」 

こうした対立の中で「実在論」の立場から主張されるようになったのが、「隠れた変数の理論」である。すなわち、「量子もつれ」という状態にはまだ解明されていない「隠れた変数」があって、その変数があることによって粒子の状態が瞬時に他方の状態にも伝わったように見えるだけ、という解釈を取る。

実際には2つの粒子がもつれた時点で、観測時にそれぞれの粒子がどのように観測されるのかは決まっていた、とするのが「隠れた変数の理論」の主張である。

 

しかしこうした問題は理論的な対立に過ぎず、この時点では追及するメリットがあまりなかったため、解決されないままの状態が続いていた。

「実在論」が正しいのか「コペンハーゲン学派」の解釈が正しいのか確定しなくても、量子論が規定する波動方程式や行列力学などの数式は、実際の観測結果に精緻なまでに合致しており、利用価値がある以上はそのまま使い続ければよい、と理解されていたからである。

 

4.「ベルの不等式」の位置付け 

そこに登場したのが、J・S・ベルによる1964年の論文であった。

「実在論」と「コペンハーゲン学派」の対立について、ベル自身はアインシュタインと同じく「実在論」に近い立場を取っていた。そして「実在論」が正しい、すなわち「隠れた変数の理論」が正しいのであれば、ベルが定義するある物理量「S」の絶対値は、理論的に「2」の範囲に収まるべきことを論証した。すなわち、「|S|<=2」という「ベルの不等式」が成り立つ。

他方で量子力学の計算式上は、「|S|<=2√2」の範囲にしか収まらない。すなわち量子力学では、ベルの不等式が「√2」分(1.4142)だけ、破られていることになる。

この違いは、実験により確認することが可能であった。

 

果たしてベルの不等式は成り立つのか、あるいは破られているのか。

そのどちらが正しいのか、実験で観測することで白黒を決着させる方途が、この不等式の発見によって開かれたのである。

 

5.「実在論」の敗北とノーベル物理学賞 

これを最初に行ったのが、1972年のジョン・クラウザーによる実験であった。その結果、ベルの不等式は破れていた。

次いで1982年に、アラン・アスペがより精緻な実験を行った。その結果でもベルの不等式が破られていた。

さらに2006年にアントン・ツァイリンガーがダメ押し的な実験を成功させ、ベルの不等式が破られていることが学問的に確定した。

この3人が、2022年のノーベル物理学賞を受賞することとなったのである。

なお、ベルは1990年に亡くなってしまっていたため、残念ながら受賞とならなかった。生きていれば間違いなく受賞していただろう。

 

そしてこの一連の実験により、アインシュタインが支持した「実在論」の立場は完全敗北した。

量子もつれにある2つの粒子に、もつれの時点でその性質を決定する「隠れた変数」など存在していなかった。もつれた2つの粒子は、たとえ宇宙の端と端まで離れていたとしても、一方の観測によってその状態が確定すると、瞬時に他方の粒子の状態が確定するという極めて不思議な関係にあることが、物理学的に確定したのである。

 

6.「ベルの不等式」とマーミンの「思考実験」 

ここまでが、実を言うとこのコラムの前座の部分である。私がここで書きたいのは、その先の話だからだ。

すなわち、「量子もつれ」の摩訶不思議な性質を解明した「ベルの不等式」の実体とはいったい何なのか? どうしてこの不等式が破られていると、「隠れた変数」など存在していないと断言できるのか?

その理屈が、どうしてもわからなかったのだ。

 

この「ベルの不等式」の立論には、これをわかりやすく説明したデヴィッド・マーミンの思考実験というものがある。要は、ベルの不等式の本質部分を一般向けにわかりやすく構成し直したものだ。

その解説をいくつかの書籍で私も読んだのだが、この核心部分がこれまでどうしてもわからなかった。

NHKが昨年末に放送した『量子もつれ〜アインシュタイン最後の謎』という番組でもベルの不等式を取り上げていたので期待して視聴したのだが、その説明を見てもやはり理解できなかった。

 

7.思考実験の「装置」 

これがようやく理解できたのは、『思考実験 科学が生まれるとき』(榛葉豊著、講談社2022年)という本を読んだことだった。

ここではマーミンの思考実験について、次のように説明している。

 

すなわち、中央に量子もつれを発生させる装置をおき、もつれ状態にある粒子を左右に向けて同時に射出する。

そこからじゅうぶん離れた位置に「測定器1」と「測定器2」があって、飛来した粒子の状態を観測することができる(下記図のとおり)。

 

〈図8−2〉

〈図8−2〉:同書221頁より

 

観測方法は、「正面」から観測する、「垂直」方向から観測する、「水平」方から観測するの3パターンがあり、観測時にこれを選択することができる(図では観測方向は「1・2・3」となっているが、イメージしやすいようここでは「正面・垂直・水平」とした)。

そして粒子のスピンが「+1/2」と観測されたとき、測定器のランプは「」に光る。スピンが「−1/2」で観測されたとき、ランプは「」に光るものとする。

電子などの「フェルミオン」と呼ばれる素粒子は、この「+1/2」()と「−1/2」()のどちらかの状態しか取ることができない。

 

8.「指示書」が「」の場合の例 

このような実験において、仮に「隠れた変数」があったとする。これを粒子の属性を始めから指示している「指示書」と呼ぶことにしよう。

左右同時に射出される一対の粒子には、実際には射出時においてその「指示書」により属性が決まっていて、観測時にはその「指示書」に従った結果が明らかになるだけだとする。量子力学は、まだその「指示書」すなわち「隠れた変数」の実体を明らかにすることができていないだけと考えるのだ。

 

ここでは単純のため、「指示書」による左右の粒子の「隠れた変数」の属性が同一だと仮定する。すなわち、その粒子の対がどちらも、「正面」からの観測では、「垂直」からの観測では、「水平」からの観測ではという「指示書」を最初から持っていて、それが左右の「測定器1」「測定器2」で観測されるだけだとする。

そうすると、この粒子の対を左右の測定器で測定した結果は、以下の表のとおりとなる。

 

〈一覧表1〉

〈一覧表1〉

 

たとえば左右の測定がどちらも「正面」からの観測だった場合、二つの粒子は同じ属性を持っているのだから、どちらも「」となる。

どちらも「垂直」からの測定の場合は左右とも「」、どちらも「水平」からの測定なら左右とも「」となる。

これは当たり前のことだ。そのことをこの表では、「設定の異同」欄で「同一」と表記してある。

 

では、「測定器1」と「測定器2」で観測方向が違う場合にはどうなるか。これは「設定の異同」欄で「非同一」と記述したケースである。

この場合に考えられる観測方向のパターンは、左右で「正面・垂直」、「正面・水平」、「垂直・正面」、「垂直・水平」、「水平・正面」、「水平・垂直」の6種類となる。

そしてこの例では、粒子の「指示書」は「正面」と「水平」がで「垂直」のみだから、この6パターンのうち「正面・水平」と「水平・正面」の2つでだけ、点灯する色は同じということになる。

すなわち、測定器の観測設定が左右で異なる場合(表では右端の「非同一・同色」の列で表示)に同じ色が光る確率は、6パターンのうち2パターン(○が同じ色、×が違う色)だから、全体の1/3、つまり33.33%となる。

 

9.すべてのパターンの表示結果 

それでは、このような「指示書」による粒子属性の設定と、その観測方向による結果についてのすべてのパターンを書き出してみよう。

その結果が、ここに示した一覧表2である。このうち「指示書3」のパターンが、先ほど示した一覧表1と同じになっている。

 

 〈一覧表2〉 表をタップすると拡大表示されます

 

そして一覧表2における最終的な結果だけを集計すると、一覧表3のとおりとなった。

 〈一覧表3〉

〈一覧表3〉

 

まず一覧表2の方から見ていく。

ここでは、もともとの「指示書」による「正面」「垂直」「水平」の色のパターンがぜんぶで8種類あり、その8種類ごとに左右の測定器での3方向からの観測結果をすべて列挙した。つまりこれがすべてのパターンである。

このうちまず、最初の「指示書」1と最後の「指示書」8の場合には、発光指示がすべて「」あるいはすべて「」だけなのだから、左右の装置でどこから観測しようと、ぜんぶの結果が同一色となる。

これは当たり前すぎる結果なので、ここでの観測結果の対象からとりあえず除外する。

 

10.最終結果の検討 

次に一覧表2に基づいて、それ以外の「指示書」2〜7の場合だけを検討してみる(一覧表3の「2〜7限定」参照)。

すると、「同一設定」の場合すなわち左右どちらの粒子も同じ方向から観測する場合には、同じ「指示書」に基づく観測なのだから、左右の結果は同じになるに決まっている。全パターンのうちそうしたパターンが18あるので、これも除外して考える。

それ以外のパターン(非同一設定)は36種類あり、そのうち左右の発光の観測結果が同じになるパターンは12通りあった。すなわち、確率は先ほどと同じ1/3、つまり33.33%である。

実はこの33.33%という確率は、「指示書」2〜7のどの場合でも同じ結果となる。なぜなら、「正面」「垂直」「水平」の3つの観測方向のうち、1つだけ違う色が指示されているという点で、実はパターンとしてはその他と同じだからだ。

 

ここで一覧表3の「全体」は、「指示書」の色がすべて同一の1及び8を含んだすべてのパターンの結果だが、この場合には「非同一設定」において左右の観測結果が同色になる確率は、実に50%にまで上がる計算となる。

 

だとすると、仮に「量子もつれ」状態にある左右の粒子に同一の「指示書」が隠れた変数として組み込まれていた場合、その結果として左右の測定器での観測結果が同色発光になる確率は、どんなに低くても33.33%を下回ることはないことがわかる。「隠れた変数」すなわち「指示書」を仕込んでおいたとしても、同色が発光する確率はどうしても1/3以上にはなってしまうのだ。

 

11.実際の実験結果との検討 

ところが実際に実験をしてみると、左右の測定器で同じ角度から観測したときには同じ色の発光になるにもかかわらず、異なる角度から観測したときに発光する色が同色となる確率は、1/4以下になるという結果が得られたというのである。

この、同じ角度からの観測では完全に同じ色になるにもかかわらず、異なる角度からの観測になると1/4以下の確率でしか同色の結果が得られないという結論は、始めから双方の粒子に「指示書」が仕込まれていたとする「隠れた変数の理論」では、数学的に説明が不可能である。

そのような「指示書」の仕込み方は、どんなに工夫したとしても数学的に設定できないのだ。

これが、「ベルの不等式が破られている」ということを意味する。

 

すなわち、「量子もつれ」状態となった二つの粒子に「隠れた変数」などなかった。粒子はまさに、一方の状態が測定されることで瞬時に他方の状態が決定されていたのである。

そうでなければ、この実験結果を理論的に説明することができない。

 

ノーベル賞を受賞したクラウザー、アスペ、ツァイリンガーが行った実験は、概念的にはこのようなものだったのであり、これによって「実在論」が理論的に完全に否定され、「量子もつれ」の存在が証明されたのだった。

 

12.「量子もつれ」の応用 

こうして実在が証明された「量子もつれ」は、現在では「量子コンピュータ」や「量子テレポーテーション」の技術としてすでに応用され始めている。

中国の作家・劉慈欣の『三体』を読んだ人であれば、その中に「量子もつれ」を駆使した量子通信技術が出てきたのを覚えているだろう。

三体星と地球とは4光年の距離があり、地球の情報を知るために電磁波(光)を使ったのでは片道4年もかかってしまう。三体星人はこの「量子もつれ」による量子通信技術により、地球で起きたことを瞬時に知ることができたという設定だった。

実際には現在の物理学では、このような量子通信は理論的に不可能だとされているが、想像力をかき立てるという意味ではとても面白い話である。

 

ここまで述べてきたことは、大学で量子力学の初歩を学んでつまずいたレベルの知識しか持たない素人の私が書いたものだから、あちこち間違っているところがあるかも知れない。

それでも、こうした「量子もつれ」を証明する基礎となった「ベルの不等式」を考え出したJ・S・ベルの功績は、素晴らしいものがあると思う。

「ベルの不等式」の中核部分が何となくわかったことによって、ベルがどれほど重大な発見を成し遂げたのかが、私のような素人にも実感として感じられるようになった。

 

一つ前のコラム・弁護士へ コラム・弁護士トップページへ 一つ次のコラム・弁護士へ
 
Designedbykobou-shibaken.com
プライバシーポリシー