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コラム・弁護士

 
   

朝日新聞集中バッシングと「真の愛国者」

穂積剛

2014年10月

弁護士 ・ 穂積 剛
  1. 朝日新聞と「吉田清治」証言
     8月に朝日新聞がいわゆる「従軍慰安婦」に関する吉田清治証言の報道を取り消したことをきっかけに、文藝春秋、新潮などの右翼メディアを中心とした、朝日新聞と「従軍慰安婦」問題に対する異常な集中攻撃が繰り広げられている。しかしこの現象は、これまで継続して「従軍慰安婦」問題に関わってきた立場からすれば、ほとんど「狂気の沙汰」だとしか思えない。吉田清治証言など、今回まで問題になったことすらなかったからだ。

     吉田清治の証言は1980年代から1990年ころにかけてなされたもので、韓国の済州島で吉田清治が「慰安婦を強制的に連行した」と話をして、これが朝日新聞をはじめ各紙に報道されたものだ。吉田証言に基づく「慰安婦強制連行」の報道について、30年以上経過した今年になって、朝日新聞が「誤報だった」として記事を取り消したのが今回の騒動の発端である。
     ところが30年後のこの「誤報の取消」について、文藝春秋や新潮などの右翼出版社、読売新聞や産経新聞などの右翼新聞社がことさらにこれを過大に書き立て、朝日新聞が世紀の大誤報を犯したかの如く主張し始めた。それどころか読売新聞に至っては、これをライバル新聞社の敵失と位置づけ、自社こそが正しい報道をしてきたと喧伝して、大々的に宣伝チラシを各戸に撒き散らしている。
     しかし、その中身はあまりに事実認識を誤っているだけでなく、記述内容も無責任なだけでなく品性のかけらもない。なおかつその主張内容は、まさしく「売国奴」という表現こそが相応しいものであった。

  2. 決着済みの「吉田清治」証言
     私は、司法修習生だった1996年から中国戦後補償問題に取り組み始め、97年4月に弁護士登録してすぐに平頂山事件訴訟弁護団に参加した。正式名称『中国人戦争被害賠償請求事件弁護団』は、731部隊・南京大虐殺・無差別爆撃訴訟、中国人強制連行訴訟、平頂山事件訴訟に加えて中国人「従軍慰安婦」訴訟も扱っていたから、私はこのときから20年近く「従軍慰安婦」問題に関わってきたことになる。
     中国人「慰安婦」訴訟は1次訴訟と2次訴訟が進行していたが、そのいずれもが東京地裁で敗訴したあとの2002年から、私は「従軍慰安婦」訴訟弁護団にも参加して、この問題に取り組んできた。したがって現時点に至るまで、私はちょうど12年にわたって「従軍慰安婦」の被害と向き合ってきたことになる。
     それではその間に一度でも、吉田清治証言を根拠として主張したことがあったか。一度もない。記憶しているのは一度だけ、弁護団会議で吉田清治証言の話が出たことがあったものの、「あれは信用することができない」と聞かされたことがあるだけだった。弁護団だけでなく支援団体でも同様の認識だった。吉田清治証言など、当初から何の根拠にもなっていなかったのである。

     実はこの問題は、すでに1997年には決着していたと東郷和彦が指摘している。東郷和彦は、父親が外務大臣で東京裁判により有罪となった東郷茂徳の孫にあたる外交官である。東郷は「吉田証言については、この問題について日本でもっとも権威を持って研究してきた秦郁彦氏と吉見義明氏との間で、すでに1997年に『強制連行を示す資料はなかった』との結論が出ている、いわば決着済みの問題である」と指摘する(東郷和彦・『禍根を断つために―朝日「慰安婦」検証後の日本外交への提言』)。
    http://www.nippon.com/ja/currents/d00139/

     20年近く前に学問的にも意味を失っている吉田清治証言を、今さら朝日新聞が取り消したとしてもほとんど意味などない。東郷も、「20年近く前に専門家の間で決着した問題について今、大報道をしても、事態の本質に与える影響はわずかであろう」と指摘している(前掲)。要するにほとんど意味のないことを、右翼が朝日新聞攻撃のために利用しているだけなのである。

  3. 「従軍慰安婦」問題の本質とは何か
     それでは事態の本質とは何であるのか。それは朝鮮や中国、フィリピンやインドネシアなど日本が侵略した地において、日本軍の関与のもとに女性たちが自由を剥奪された状態で、自身の意思によらず強制的に日本兵の性交渉の相手をさせられたことを指す。まさに「性奴隷」状態に、女性たちが置かれてきたことが問題なのである。
     この場合において、女性たちが「どのように」集められたのかは何ら問題ではない。強制的に狩り集められたにせよ、あるいは騙されて集められたにせよ、あるいは了解してやってきたのだとしても、現実に女性たちが性交渉を強制される状態に置かれていたことこそが、この問題の本質に他ならない。
     想像してみていただきたい。例えばアメリカの黒人奴隷制度を想定するとき、そこでの問題は黒人が自由を剥奪され奴隷状態で働かされたことそれ自体にある。その黒人奴隷が、アフリカにおいて強制的に狩り集められたのか、それとも騙されて船に乗せられて奴隷にされてしまったのかの違いに、果たしてどれだけの意味があるというのか。問題の根本は、黒人が奴隷状態にされていたこと、そこにこそある。
     「従軍慰安婦」問題についてもまったく同じであり、女性たちが現実に性奴隷状態に置かれていたことこそが、この問題の本質である。彼女らがどのように集められてきたのかなど、それに比べれば大した問題ではない。
     東郷和彦はこのことについて、「世界の大勢は、狭義の強制性があるかないかについて、ほとんど関心がないという点につきる。アメリカの世論は、今、自分の娘がそういう立場に立たされたらどう考えるか、そして『甘言をもって』つまり『騙されて』連れてこられた人がいたなら、それとトラックにぶち込まれた人と、どこが違うのかという立場に収斂している」と指摘している(前掲)。

  4. 読売新聞宣伝チラシの悪質な「虚偽」
     それなのに何故マスコミは、強制連行を主張していた吉田証言の報道を朝日新聞が取り消しただけで、これほどの大騒ぎをしているのか。それは、強制連行を否定することで、「従軍慰安婦問題」それ自体が虚偽であり、日本があたかも濡れ衣を着せられているかの如き世論を作出することが目的だからである。このような誤った事実を流布させることにこそ根本的な目的があり、これは極めて危険な世論誘導である。

     例えば宣伝チラシに掲載された読売新聞の社説は、「『強制連行の有無』が慰安婦問題の本質である」と堂々と記載している。しかしどうして「強制連行の有無」が慰安婦問題の本質だと言えるのかについては、何ら説明をしていない。明らかに誤魔化した主張であり、読者を騙した記述である。

     またこの宣伝チラシには、「日本政府は、93年に当時の河野洋平官房長官が発表した『河野談話』で軍の関与などを認め、おわびと反省を表明しました」としたうえで、「河野談話は元慰安婦の証言などをもとにまとめられ、十分な裏付けはなかったことが、その後明らかになっています」と記載されている。
     けれどもまず、河野談話が「元慰安婦の証言などをもとにまとめられ」たという記述自体が間違いである。政府は河野談話の作成過程について今年6月20日に『慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯』を公表したが、その中では談話作成の「最後の段階で、日本政府関係者が慰安婦の代表と会って話を聞」くことになっており、現実にも「聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており、聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」と明記されている。これは明白な読売の「誤報」である。
     さらにこの宣伝チラシは、河野談話に「十分な裏付けはなかったことが、その後明らかになっています」と述べているが、根拠が不明である。これは明らかなミスリードであり、これもまた誤った報道である。

  5. 中国人「慰安婦」裁判の東京高裁事実認定
     そもそも吉田証言では、「従軍慰安婦」を済州島で強制的に連行してきたことが着目されてきた。それでは吉田証言がなければ「従軍慰安婦」の強制連行はまったくなかったのか。これまた全くの誤りである。
     この点についてはいくらでも事例を挙げられるが、ここでは私が直接関わった中国人「従軍慰安婦」1次2次訴訟の原告女性たちについて、東京高等裁判所が認定した事実を紹介しておこう。残念ながら現在は全員が故人である。

      李秀梅(当時15歳)
        「控訴人李は、1942年旧暦8月ころ(新暦の9月ころ)、日本軍兵士らによって自宅から日本軍の駐屯地のあった進圭村に拉致・連行され、駐屯地内のヤオドン(岩山の横穴を利用した住居。転じて、横穴を穿ったものではなく、煉瓦や石を積み重ねて造った建物も指す。)に監禁された。駐屯地内の砲台の中の部屋に連れて行かれ、日本軍兵土に強姦されたのを初めとして、後記のように5か月ほど後に自宅に運ばれるまでの間、上記のヤオドンあるいは砲台の中の部屋で、ほとんど毎日のように複数の日本軍兵士らに強姦を繰り返された。」

      劉面換(当時16歳)
        「控訴人劉は、1943年の旧暦3月ころ(新暦の4、5月ころ)、3人の中国人と3人の武装した日本軍兵士らによって無理やり自宅から連れ出され、銃底で左肩を強打されたり、後ろ手に両手を縛られるなどして抵抗を排除された上、進圭村にある日本軍駐屯地に拉致・連行され、ヤオドンの中に監禁された。そして、当日、上記の3人の中国人に強姦されたのを初めとして、ヤオドンあるいは砲台の中の部屋で多数の日本軍兵士らによって強姦された。… 次の日からも、このような監禁と強姦が約40日間にわたって続けられた。」

      周喜香(当時19歳)
        「1944年3月、控訴人周を含む共産党祖織の12名が会合を開いているところへ日本軍が襲い、控訴人周は、銃底で左腕を殴られたり、後ろ手に縛られたりして進圭村に連行され、一軒の民家に監禁された。その日の夜、控訴人周は、何人もの日本軍の兵士に立て続けに強姦された。次の日以降も、控訴人周は、少なくとも6日間にわたり上記の部屋に監禁された状態で、日本軍兵士らに連日連夜強姦された。」

      陳林桃(当時20歳)
        「1943年旧暦7月ころ、控訴人陳は、日本軍兵士によって強制的に進圭村の日本軍駐屯地に拉致・連行され、日本軍兵士などから『夫の居場所を吐け』などと尋問されたり、何回も殴打されるなどした上、ヤオドンの中に監禁され、多数の日本軍兵士に強姦されたのを初めとして、約20日間にわたり、監禁された状態で、夜昼なく何人もの日本軍兵士らに強姦された。」

      郭喜翠(当時15歳)
        「翌日の未明ころ、武装した日本兵と清郷隊員が姉の家を襲い、原告郭、姉夫婦及びその3人の子を捕らえ、宋庄村から進圭村の旧日本軍の拠点に連行した。この当時、15歳であった原告郭には両親の決めた許嫁がいたが、まだ婚姻しておらず、性交渉の経験はなく、初潮も迎えていなかった。」
     「隊長は、原告郭の衣服を剥ぎ取るなどした上、原告郭を2度強姦した。」
     「原告郭は、引き続き監禁され、日中は複数の日本兵又は清郷隊員に輪姦され、その際日本兵によって陰部を切断されたこともあり、夜から未明にかけては、隊長や清郷隊の幹部らに強姦された。」

      侯巧蓮(当時13歳)
        「多数の日本兵が峡掌村に侵入し、日本兵と清郷隊によって、峡掌村の住民が1か所に集められた。侯巧蓮の父は当時峡掌村の村長を務めていたが、八路軍への協力活動をしていたことから、村人の中から引きずり出され、太い丸太棒で何度も殴られるなどの拷問を受けた。その後侯巧蓮とその父は、村の5人の女性とともに捕らえられ、進圭村に連行された。」
     「侯巧蓮は逃げようとしたが、複数の日本兵に捕らえられ、殴る蹴るの暴行を受けた。」
     「日本兵は数人がかりで侯巧蓮を押さえ込み、彼女の口の中に布を押し込んで声を出せなくした上、1人が侯巧蓮を抱え込み奥の部屋に連れ戻した。」
     「侯巧蓮の服を無理やり脱がせ、侯巧蓮を布団の上に押し倒し強姦した。その直後、すぐに2人目の日本兵が入ってきて、侯巧蓮を強姦した。侯巧蓮は、下半身からひどく出血した。」

  6. 欧米各国メディアの受け止め
     ところが文春や新潮、それに読売新聞や産経新聞などの御用メディアは大挙して朝日新聞攻撃を続けている。そしてこの状況を利用して、「従軍慰安婦」問題それ自体がでっち上げであり、あたかも朝日新聞による捏造であるかのようなデタラメな主張を繰り広げているのが安倍晋三だ。
     以前にも私がこのコラムで、わが弁護団に対し「9連敗中」であることを指摘した極右の権化・稲田朋美自民党政調会長(ネオナチと仲良く写真を撮っていて最近問題になったばかり)は、この10月4日にも衆議院予算委員会で安倍晋三と出来レースの答弁を繰り広げた。その中で安部が強調していたのが、「多くの人々が傷つき悲しみ、苦しみ、怒りを覚え、日本のイメージは大きく傷ついた。『日本が国ぐるみで性奴隷にした』との、いわれなき中傷がいま世界で行われている。誤報によって作り出された」との主張だ。
     しかし、繰り返すが問題の本質は「強制連行の有無」にあるのではない。性的奴隷制度それ自体にこそ問題の本質がある。だから、強制連行について述べる吉田証言を朝日新聞が取り消したくらいで、まるで「従軍慰安婦」自体に問題がなかったかのように言い募る安倍晋三の言い様は、外国からみたら異常にしか映らない。そうした現在の日本政府の異常性を『週刊現代』(10月1日号)が報告しているので、その幾つかを紹介しよう。

      ニューヨークタイムズのファクラー東京支局長は、この記事で次のように述べている。
        「そもそも慰安婦問題で世界が日本を非難したのは、朝日の報道によってではなくて、元慰安婦の女性たちが証言を始めたからです。韓国ばかりか、フィリピン、オランダ、オーストラリアからも同様の証言が出てきています。朝日を執拗に非難する安倍政権や右派の人々と、世界との乖離を感じます」

      テンプル大学ジャパンのキングストン教授は、次のように指摘している。
        「いま日本で起こっている状況は、報道問題というより政治問題です。安倍首相と保守派が、国家アイデンティティを再定義したいがために、朝日に対して政治闘争を仕掛けているのです。
     朝日の慰安婦報道で問題になった『吉田証言』は、極めて古いものであり、朝日新聞が最後にこの件を取り上げたのは、15年以上も前のことです。
     安倍政権が率先して行っているようにも見受けられる今回のヒステリックな朝日叩きによって、日本の国際的イメージは、恥をさらすことになっています。安倍政権は戦時中の責任を回避しようと必死になっていると映るからです。
     例えば、ドイツは過去の残虐行為に対して十分な補償を行ったからこそ、威厳を取り戻すことができました。いまの日本で、日本の威厳に泥を塗っているのは朝日新聞ではない。過去の日本軍の蛮行を否定したり、矮小化しようとしている人々だということを、日本人は自覚すべきです。」

      ワシントンの政治ジャーナリスト・ネルソン氏の指摘は、次のようなものである。
        「今回組織的な朝日叩きのようなことが起きた時は、政府が危険になる時です。ヒステリックな朝日批判が、日本政府のトップレベルから発せられていることが問題なのです。
     ワシントンから見ていると、安倍首相は朝日を非難することで、従軍慰安婦問題そのものを無きものにしようとしているように映る。それによる国際社会の日本政府に対するイメージ悪化を考えると、日本は早く次の健全な首相の登場を待つべきかも知れません。」

      ドイツ高級紙『フランクフルター・アルゲマイネ』の元東京特派員で、ロンドン在住ジャーナリストのオードリッチ氏は、今回の件がEUからどう見えるかについて次のように述べる。
        「朝日新聞は、原発と戦争責任という非常に重要な二つの問題を提起したわけで、方向性は誤っていなかった。なぜなら、福島原発も戦争責任も、これまで日本政府が隠蔽してきたことで、朝日はそれらの追及を行ってきたからです。それを安倍首相は、右翼的言動で封殺しようとしている。」
     「安倍首相は『積極的平和主義』を唱えていますが、EUから見れば『積極的右翼主義』にしか見えません。EU市民が安倍首相に評価を下すなら、ABEの頭文字の『A評価』ではなく、最後の文字の『E評価』(不可)です。」

      最後にフランス『フィガロ』紙日本特派員のアルノー氏は、次のように指摘している。
         「今回の朝日叩きは、政府によるメディアリンチです。これは大罪です。」
     「安倍首相を始めとする日本の右傾化した政治家たちは、『朝日新聞は国際社会における日本のイメージを損ねた』と声高に叫んでいますが、事実は正反対です。
     仮に、日本の全メデイアが、産経新聞のように報道してきたなら、今頃日本は国際社会において、世界のどの国からも相手にされなくなっていたでしょう」

    もはや集団的狂気に陥ったとしか思えない今回の朝日新聞に対する集中攻撃が、どれほど異常なことであり世界から見て危険に感じられるかが明らかであろう。すでにネット上では「朝日新聞殺害対象者リスト」が出回っているというのだから、正気の沙汰ではない。

  7. 売国メディアの売国的主張
     しかし、仮に異常であり世界から見て危険なことであったとしても、それが日本にとって正しいことであれば邁進することも必要だろう。今回の狂気としか思えない朝日新聞バッシングを私が絶対に許せないのは、正しいどころかこれが国家を破滅させる売国的報道だとしか考えられないからだ。真性愛国者を自称する立場として、このような売国的報道を私は許容できない。

     以前にも主張してきたことがあったとおり、日本がアジア諸国を侵略して3000万人にも及ぶ犠牲者を死に至らしめたのは厳然たる事実である。その結果として日本国民にも膨大な数の死者が出て、この国は一度破滅するに至った。我が国は、そのことに対する心底からの反省を出発点として、同じ過ちを今日まで繰り返さないことで発展してきたのではなかったか。そうであれば、犯した過ちを正面から認め、被害者及び被害を受けた国家に対し真摯に謝罪することこそが、この国が国際的にも信頼される国になるための最低限の基本であるはずだ。
     ところが右翼勢力による報道がやっていることは、それとは正反対の方向なのである。すなわちこれは、我が国を破滅させる方向での報道であり、売国的報道に他ならない。
     それどころがもっと短期的に見ても、前述したように現在の集中的朝日新聞バッシングの報道は、世界的には日本の国際的評価を低下させ続ける効果しかもたらしていない。これまた明白な売国的報道だ。文春や新潮、読売や産経といった極右メディアと朝日新聞と、どちらが日本の評価を引き下げているのか、どちらが真の意味において「売国奴」であるのかは明白である。

  8. 「白虹事件」の教訓
     戦前、大正デモクラシーの末期の時期に、新聞は時の政府や軍部の暴走に対して当初はそれなりに抵抗して奮闘していた。それがある時点から、新聞の論調も大政翼賛的になっていく。その大きな契機となったのが、1918年に起きた「白虹事件」である。
     これは富山県で起きた米騒動事件について、当時の寺内正毅内閣が報道禁止令を発し、それに抗議する集会の様子を「白虹日を貫けり」(内乱が起こる兆候を指す故事成語)と朝日新聞が報道したことが、朝権紊乱罪に該当するとして政府から攻撃を受けた報道弾圧事件である。朝日新聞は発禁処分を避けるために編集幹部を辞任させ、村山社長自身も退任を余儀なくされた。
     この白虹事件を契機に朝日新聞は論調を急速に後退させ、時の政権や軍部に対する批判の筆鋒が弱くなっていく。このように報道機関が権力批判を控えていくことによって、戦前の我が国は軍部の独走を許して無謀な侵略戦争と国家の破滅へと突き進んでいったのである。

     この白虹事件のときの状況が、ウィキペディアでは次のように表現されている。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%99%B9%E4%BA%8B%E4%BB%B6

     「関西では大阪朝日新聞の不買運動が起こり、さらに憤慨した右翼団体・黒龍会の構成員七人が通行中の大阪朝日新聞社の村山龍平社長の人力車を襲撃し、村山を全裸にしたうえ電柱に縛りつけ、首に『国賊村山龍平』と書いた札をぶら下げる騒ぎまで発生した。また、後藤新平は右翼系の『新時代』誌に朝日攻撃のキャンペーンを張らせ、他誌も追従した。
     事態を重く見た大阪朝日新聞では10月15日、村山社長が退陣し、上野理一が社長となり、鳥居素川編集局長や長谷川如是閑社会部長ら編集局幹部が次々と退社。社内派閥抗争で上野派の領袖であり、村山・鳥居派と対立して総務局員の閑職にあった西村天囚が編集顧問となり、編集局を主宰することになった。12月1日には西村の筆になる『本社の本領宣明』を発表し、『不偏不党』の方針を掲げた。こうして大阪朝日新聞は、発行禁止処分を免れることになった。これは大阪朝日新聞の国家権力への屈服を象徴しており、これ以降、大阪朝日新聞の論調の急進性は影をひそめていく。」

     不買運動が起こり、右翼によって新聞記者が攻撃され、雑誌がキャンペーンを張ってこれを他誌が追従する。これこそまさに、いま目の前で現実に起きていることそのものではないか。週刊文春や週刊新潮の記事が「売国」などと平気で書き殴っているのを見ると、まさしくこのようにして戦前も国家が破滅に突き進んでいったのだろうと実感せざるを得ない。
     一度犯した過ちであれば、それを学んで二度と同じ間違いを繰り返してはならない。しかし今のこの国の状況は、あれほど痛い目に遭った教訓に未だ何も学んでおらず、またしても同じ間違いに突き進んでいるようにしか思われない。これほど恐ろしいことがあるだろうか。

  9. 読売新聞の「誤報」
     特に悪質なのが、朝日新聞の集中攻撃を機会に宣伝チラシを大量にばらまいている読売新聞である。その主張内容自体が売国的なのはここまで述べてきたとおりだが、これをさらに自社の商売のために利用しようとまでしているからである。
     読売新聞は宣伝チラシの中で、「読売新聞はどう問題を史実と綿密な取材に基づいて誠実に報道してきました」などと述べているが、偉そうなことを言えるほど読売新聞が誤報を出したことがないとでもいうのだろうか。

     人間が記事を書いて報道する以上、間違いは必ずある。ない方がどうかしている。問題は、そうした誤報に対してどのように対応するかだろう。
     今回の朝日新聞の件を本当に「誤報」と評価すべきなのかどうか私には疑義があるが、その点は措くとしても、少なくとも朝日新聞は誤報だと認めて記事を取り消した。さらに社長自らが出向いて謝罪までした。これは報道機関として、正しい姿勢である。国家としても本来それが正しい姿勢であるべきことは、前述してきたとおりである。

     朝日新聞の誤報を攻撃している読売新聞や産経新聞自身が、これまで誤報を繰り返してきた問題については、ネット上で果敢に批判の主張を繰り広げているサイト『リテラ』(潟Tイゾー)が詳しく報道しているので、それに依拠して指摘してみよう。
    http://lite-ra.com/

     例えば読売新聞は2012年10月、今や懐かしいハーバード大学の日本人研究員が、「世界で初めてiPS細胞を使って心臓幹細胞移植に成功」したという大誤報を、1面トップで大々的に報じていた。このときにはさすがに読売新聞も、記事を取り消して謝罪している。

     ところが読売新聞は、東日本大震災後の福島原発の報道でも誤報を犯しており、それが今回の「吉田調書」公表によって明らかになった。読売は事故直後の2011年5月に、当時の菅直人首相が「海水注入中止」を命じていて、そのため震災翌日に55分間の中断が生じてしまったと1面トップで報道した。しかし今回の「吉田調書」公開により、それが完全な誤報だったことが明らかになっている。海水注入中止を命じたのは菅直人ではなく、東電の「武黒フェロー」だったのである。
     しかし読売新聞はこれについては、未だ取消も謝罪もしていない。

  10. 元読売新聞記者の指摘
     元読売新聞記者でジャーナリストの山口正紀は、9月26日に開かれた集会で次のように指摘した。これを報じた「IWJ Independent Web Journal」の記事から引用する。
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/171063

     「朝日新聞が吉田証言について謝罪したことで、石破幹事長は国会で検証すべきだと言い、安倍首相は産経のインタビューに対して、『吉田証言がどれだけ日韓関係に悪影響を与えたか』と発言した。日韓関係を悪化させているのはお前じゃないか、という話だ。自民党の政調会は菅官房長官に河野談話の見直しを、とまで訴えた。吉田証言は河野談話に影響していないと政府が認めているにも関わらず、だ」
     「それで慰安婦制度は問題なかった、と世界に開き直っている。どれだけ孤立し、恥ずかしいことをやっているかわかっているのか」

     次に山口は、日本の新聞がこれまでどれほど誤報を重ねてきたかを続けて指摘する。

     「例えば『3.11』後、『ただちに影響はない』という発言の検証をしたか。イラク戦争報道の際、イラクが大量破壊兵器を隠しているとバラまいたのはメディアだが、大量破壊兵器はなかった。この謝罪、検証はしていない。小沢一郎の政治資金疑惑のときも、朝日、毎日新聞を含めて全力で小沢を叩いたが、謝罪、検証はしたのか。冤罪事件だった袴田事件、足利事件では謝罪し、検証しただろうか。何もしていないではないか」

     このように誤報はいくらでもあるのに、どうして今回の朝日新聞の件だけが集中攻撃を受けているのか。それは、権力側の情報をメディアが流した場合には何の責任も問われないが、逆に権力を批判する情報に誤りがあった場合には、権力とそれに結託した御用メディアが足を引っ張るからだと山口は指摘する。
     そのうえで山口は、「朝日新聞の中でも、『もう権力チェック報道はやめよう、触らぬ神に祟りなし、触らぬ権力に祟りなし』となっていく可能性が非常に高い。まともなジャーナリズムを作ろうと努力している人に対する権力側の攻撃であって、非常に危険な事態だ」と危機的状況にあることを警告した。

  11. 「クマラスワミ報告」に関する読売の売国的誤報
     今回の朝日新聞攻撃報道でも、同様に読売はひどい誤報を続けている。
     読売新聞は8月31日の『検証 朝日「慰安婦報道」(4)韓国メディアと「共鳴」』との記事の中で、次のように記述していた。
    http://www.yomiuri.co.jp/feature/ianfu/20140831-OYT8T50000.html

     「96年のクマラスワミ報告は、韓国で朝鮮人女性を強制連行したとした吉田清治氏(故人)の証言を根拠としていた。吉田証言は92年頃には虚偽と指摘されていたにもかかわらず、『史実』かのように扱った同報告については、信頼性が疑問視されている。」

     この記述は、完全な虚偽であり誤報である。そのことは、クマラスワミ報告を見れば即座に明らかとなる。
     「クマラスワミ報告」とは、ラディカ・クマラスワミ氏が「従軍慰安婦」問題について調査した報告書で、日本政府に対し被害者らに対し個別補償を行うべきと勧告したものである。国連人権委員会は、この報告書を「歓迎し、留意する」との決議案を採択した。
    http://www.awf.or.jp/pdf/0031.pdf

     クマラスワミは報告書で、確かに吉田証言に触れているが、それは調査に際しての前提となる「歴史的背景」に関する部分だけである(9頁)。クマラスワミ報告の中心は、被害女性らに直接面談してその被害体験を聞き取ったもので、その聴取内容をもとにして日本政府に対し個別補償を勧告している。吉田証言は何ら根拠とされていない。
     それどころかクマラスワミは、吉田清治には面談していないが、吉田証言に疑問があると主張していた秦郁彦には会って話を聞いている。その聴取内容をもとに報告書では、同じ「歴史的背景」という項目で、秦郁彦が「吉田清治の著書に異議を唱える」学者であることを明記して、次のように指摘している。

     「秦博士によれば、1991年から92年にかけて証拠を集めるために済州島を訪れ、『慰安婦犯罪』の主たる加害者は朝鮮人の地域の首長、売春宿の所有者、さらに少女の両親たちであったという結論に達した。親たちは娘が連行される目的を知っていたと、秦博士は主張する。その主張を裏付けるために、博士は本特別報告者に、1937年から1945年までの慰安所のための朝鮮人女性のリクルートは基本的に二つの方法で行われたと説明した。いずれの方法も、両親や朝鮮人の村長、朝鮮人ブローカーすなわち民間の個人がすべてを承知で協力し、日本軍の性奴隷として働く女性をリクルートする手先となったというのである。」(11〜12頁)

     このようにクマラスワミは、強制連行を主張する吉田清治の証言を否定する秦郁彦からも詳細に聞き取ったうえで、結局この点については報告書で何の結論も出していない。もちろん秦郁彦の主張がおかしいとも一言も述べていない。クマラスワミ報告は両論併記をしただけであって、吉田証言に依拠したものなどではないのである。
     クマラスワミ報告は結局、次のように指摘している。
     「第二次大戦までの期間と大戦中に行われた軍性奴隷のリクルートについて書こうとすると、実際にどのように女性を徴用したかについての資料が残されていなかったり、公の文書が公開されていないという最大の問題にぶつかる。『慰安婦』のリクルートに関する証拠はほとんどすべて、被害者自身の証言に基づく。」

     すなわちクマラスワミ報告が根拠としたのは、実際に自分が面談した被害女性たちの証言であり、そのことが報告書にも明記されている。ここからどうして読売のように、「クマラスワミ報告は、…吉田清治氏の証言を根拠としていた」とか、吉田証言を「『史実』かのように扱った同報告」などと書けるのか、理解することは完全に不可能である。

     クマラスワミ報告は、公文書がないので被害女性たちからの聴取に基づいて、「従軍慰安婦」が軍の性奴隷であり、日本政府がその責任を負うべきだとしたが、彼女たちの証言が信用できることについて次のように続けて述べている。

     「被害者の証言は事例証拠だとか、基本的に民間のものであり、したがって民間で運営されていた売春システムに政府を連座させるために作られた証言として、多くの人が簡単にはねつける。にもかかわらず、東南アジアのそれぞれまったく別の場所からきた女性たちが、自分がどうやって徴用されたか、軍や政府がどう関わっていたかについて一貫した証言を行っていることは疑問の余地がない。これほど多くの女性が自分の目的のためだけに政府の関与の程度について似たような話をでっち上げるなどとは、まったく信じがたいのである。」

     このように信頼性の高い証言であると確認できたから、被害補償を勧告する報告書をクマラスワミは提出した。吉田証言など微塵も根拠にされていなかったことは明白だと言える。
     これは明らかな読売新聞の誤報である。というよりも、これは過失によって虚偽を書いたのではない。クマラスワミ報告を見れば、即座に明らかになることだからである。すなわちこれは、読売新聞が故意に虚偽の報道をしたとしか思われない。そうだとすれば、これこそ悪質な捏造であり、正真正銘の売国的所業である。
     まして、これを商売に利用しようなどという感性は、もはや「論外」であるという以外に表現のしようがない。

  12. 最後に
     それが如何に認めるのが困難な自国の悪行であっても、それから目を逸らすことこそがもっとも売国的行為である。過ちは正面から認め、被害者に対して誠心誠意何度でも謝罪するとともに、同じ間違いを繰り返さない努力を地道に重ねること。それこそが過ちを犯した者の責務であり、被害者からの信頼を回復するための唯一の方途である。そのことによって初めて、被害者を始めとする周囲からの理解と信頼を勝ち得ることができる。これは1人の人間であっても、組織であっても国家であっても同じだ。

     逆にもっともやってはいけないことは、悪行の事実を否定したり、歪曲することだ。事実を歪曲して、あたかも被害者の側がウソを言っているかのように言い募るとすれば、それはもっとも品性下劣な行為であり、被害者にとっては二度目の被害すなわちセカンドレイプとなる。そのような人物、組織そして国家は、周囲から忌み嫌われ、蛇蝎の如く嫌われるに違いない。どこの世界に、「殺される方がウソを言っている」と言い張る殺人犯を信頼できる人間がいるだろうか。

     国際社会から信頼される崇高な国家を目指すのか、それとも周りから忌み嫌われる蛇蝎のような下劣な国家になるのか。愛国者であることを自負する私は、何の疑いもなく前者を選ぶ。あなたが真の愛国者なら、読売新聞の購読など即刻止めることだ。それこそが、真の愛国者への道の第一歩だと私は確信している。
 

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